2012年5月12日土曜日

マクロ経済とライフコース - Good Life, Good Economy


3週間ほど前の話で恐縮ですが、大竹文雄教授のブログで"Growing up in a Recession: Beliefs and the Macroeconomy"という興味深い論文が紹介されていました。マクロ経済の変動が人々の価値観の形成に影響をあたえるという仮説を検証した論文です。

この論文では米国のデータを使い、18歳から25歳までの多感な時期に不況を経験した世代は、(1)人生における成功は努力よりも運によって決まると思う傾向が強く、(2)より政府の再分配政策を支持する傾向が見られ、(3)公的な機関に対する信頼が弱い、と結論づけています。また、40歳以上で不況を経験しても、その人の価値観に大きな変化は見られないが、18歳から25歳までに不況を経験した場合、その影響は後年まで残るとしています。

この研究の背景にあるのは2つの社会心理学説、即ち、(1)コアとなる価値観は、精神的な可塑性の高い成人期初期に育まれ、それ以降はあまり変わらないとするimpressionable years hypothesisと、(2)人は若年期には柔軟に社会的環境に適応するが、年をとるとともに柔軟性が徐々に失われていくとするincreasing persistence hypothesisです。いずれにしても、若年期が価値観の形成にとって決定的に重要とする立場と言えます。


wouldntのは、いびきを停止する

これに対するのがlife-long openness hypothesisで、人は年齢に関係なく環境に対する柔軟性を持っており、たえず人生の諸局面において価値観を変化させうるという考え方になります。 本論文では、impressionable years−多感な成人期初期の経験が価値観の形成に決定的に重要だという仮設を支持していることになります。

この論文から連想されるのが、いわゆるライフコースの社会学と呼ばれる研究分野、とりわけその代表作ともいえるG.H.エルダーの「大恐慌の子どもたち」(明石書店 1986, 原著は1974)です。以下では安藤由美著「現代社会におけるライフコース」も参考にしています。

研究の対象となったのはカリフォルニア州オークランドで1920年から21年にかけて生まれたアメリカ人(オークランド・コーホート、以下AC)とその親たちで、彼らの大恐慌体験とその後の人生を1930年代の初頭から60年代にかけて追跡調査した結果が「大恐慌の子どもたち」です。


悲しいとうつ病の詩

大恐慌のもたらした経済剥奪が、子どもたちのライフコースにどのような影響を与えたかが本書のテーマであり、経済変動と子どもたちの心理的・社会的発達をつなぐ「リンケージ」が(1)分業における変化、(2)家族関係の変化、(3)社会的ストレスです。即ち、経済剥奪の度合いの大きかった家庭(「剥奪群」)の場合、
(1)父親の失業や社会的地位の低下により、子どもたちは早くからパートタイム就労するなど、早期の社会化を促す学習経験をさせた。
(2)父親の権威の失墜により、家庭では母親の役割が強まるとともに、伝統的な性役割を助長する環境を生み出すと同時に、子どもが早く大人になるよう促した。
(3)家庭の経済損失状態が生み出すストレスは、低い自己評価、エリートに対する批判的態度等を惹き起こした。


腰タトゥーの痛み

しかし、剥奪状態のインパクトは中流階級と労働者階級とで大きく異なっており、エルダーは前者にとってはプラス、後者にはマイナスにはたらいたと総括しています。剥奪中流階級の男女は、より健康で、自我の強さ、個人的資源(知能や身体的魅力)の利用や成長に関してより高い評価を受けており、より自信があり、あまり防衛的でないことが特徴的だったのに対し、労働者階級の場合、なんらかの障害があるケースが多かったとされます。

また、恐慌による経済剥奪が価値観の形成に長期にわたり影響することも指摘されています。男女に共通する価値観は、「結婚生活における家庭中心性と子どもを重要視すること」であり、剥奪群に関しては民主党支持の傾向が見られました。ただし、経済剥奪と「おカネの力」への信仰、あるいは物質主義的態度には明瞭な関係は観察できなかったとされます。

エルダーのライフコース研究は、その後バークリー・コーホート(以下BC;オークランド・コーホートより10歳程度若く、幼児期に大恐慌を経験した集団)との比較研究に発展します。


大恐慌の影響は、ACよりもBCに顕著に現れました。ACは思春期に困窮した経験から、仕事を重視し中年期までの高い職業的地位に就くことができたの加え、家族関係や子育てにも責任ある態度を示したのに対し、BCは、その後の追跡調査において、将来に対し希望がなく、自信もない傾向を示したといいます。もっとも、BCも中年期までには自尊心や自己主張に関して著しい改善が見られたと報告されています。

経済学と社会学というアプローチの違い、対象となった年齢層の違いはありますが、いずれの研究も人間の可塑性と環境との関係を直接の研究テーマとしています。ここでいう「環境」とは、経済変動のような個人の力を超えた「与件」であり、その「環境」が個人に与える影響も、世代の差や歴史的状況によって一様ではありません。人間の発達に関しては、よくNature or Nurture?(生まれか育ちか)という問題設定がなされますが、これらの研究はNature, Nurture or Society?という視点が重視されるべきであると示唆しているように思われます。



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